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チャチャイ大いに語る

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FURTHER EXPLORATIONS/HORACE SILVER(BLUENOTE 1589)

 ホレスシルバーこそ私にとっての正真正銘のジャズヒーローといえる存在ではないでしょうか?ピアニストであるこの人は優れた作曲家として、そしてファンキージャズの伝導師として、既に高い評価と人気を得ています。現在の東京都知事、石原慎太郎氏がデビュー当時に執筆したのが「ファンキージャンプ」といった和製ビートニク小説で、実際にホレスのポートレイトが表紙に使われていた程、日本でも人気のあった人です。一時忘れさられていましたが(ぼくがファンになったのは正にその頃)昨今のアシッドジャズやらレアグルーブブームのあおりをうけ、今また多くの若いファンが増えているというのは嬉しい限りです。
 ホレスの魅力は優れた作曲センスとファンキーな演奏にあるという事は周囲も一致する所だけれども、私としては、それに+α、ミステリアスな出で立ち、そして謎を残した出生と私生活という要素を付け加えたい。若きホレスの写真をみた人はきっと「この人何人?」とお思いでしょう。黒人であるはずなのにデビュー時から珍しい長髪で、演奏中に前髪が完全に落ちてきてしまってる様がむちゃカッコいいのです(かなりの汗っかきを利用した演出だったらしい)。服装も明らかに他の連中より際立ってシャレてますし、顔立ちも目鼻立ちがくっきりしてて、間違いなく異質だと思っていたら、どうやら父方がポルトガル系、母方がアフリカ系にインディアンも少し入ってるという事である。にも関わらず、作る曲も演奏自体もブルーズやゴスペル的な要素を思いきり取り取り入れたニグロ魂100%といったものばかり。実際ファンキーという言葉は「ファンク」つまり黒人の体臭を指した差別用語であったものが、ホレスが1953年に発表した「オパス デファンク(黒人臭い作品)」によりいっぺんに音楽的な言葉に変わったといわれている。そしてそのプレイの華麗で力強いこと。ホレスの前にも後にもこんなスタイルを持った人は皆無でしょう。ソロも凄いんですがホーンをあおるバッキングのノリは言葉には表せられないんじゃないでしょうか?ホレスこそ真の黒人界に最初に現れたクール(この世界では逆にホットという意味もある)なスタイリストといえるのではないでしょうか?しかもこの人、他のピアニストみたいにアルバイト的な他人の伴奏など一度もしていないのである。グループ演奏こそホレスが生きる道といってもいいのだ。スタンダードの伴奏なんて全く想像出来ないのだけど、それゆえマスコミでの露出が少なく、謎多き人物なのである。
 ホレスのアルバムのほとんどはアルフレッドライオンのブルーノートレーベルから発表されています。その9割り近くは耳を通してますが、今だに期待外れのものは一切なしと言い切ってしまいましょう。一番エキサイティングなのは最盛期のライブ盤「ドゥーイング ザ シング」だし、最もまとまりのあるのはヒットナンバー「シスターセイディ」収録の「ブロウイン ザブルースアウェイ」。アートブレイキーとがっぷり組んだ「ホレスとメッセンジャーズ」はYAHMANの10年以上にわたるテーマ「ザプリーチャー」が入ってるという事で捨てがたい…。しかし今回はこれ「ファーザーエクスプロレイションズ」!アートファーマーとクリフジョーダンという素晴らしいフロントが入ってるのですが、レギュラーとしては短命だったため、つい見逃されるアルバムですが、ここでは「ムーンレイ」というナンバー1曲で決めさせてもらいます。当時のホレスの書く曲は所謂ハードパップという枠に入るものですが、ここではちょっと珍しく組曲風アレンジが施されています。「アフロキューバン」の時に述べたように本来そういう楽譜臭のする演奏は好みじゃないはずなのですが、これだけは優雅なうえ力強く、そしてファンキーなのだ。後半のたたみかける展開から美しいテーマに戻る瞬間など天才的な冴えと職人技をを感じます。何かフランスのとても見応えある映画をみた後(?)みたいなゴージャスな気分にさせてくれます。これはぜひ聴いてみてほしい曲であります。
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 先日の宮川泰さんに続き、ラテンパーカッションの中本工事ことレイバレット、松本竜助と訃報が続いていますが、今日はさらにアルトサックスのスター、ジャッキーマクリーンの訃報まで入ってきてしまいました。

 73 歳というからまだまだ早すぎる死というしかありません。マクリーンは数多いスタープレイヤーの中でも極めて我々ファンにとって身近な所にいてくれた人といえるのではないでしょうか?マクリーンがジャズの世界に入ったのは50年代初期、当時の親分というか兄貴的な存在がマイルスデイビスだ。彼がマイルスのアルバム「DIG」でサイドメンとして吹き込みを行ったのは実に19歳という若さだったという。マイルスの自叙伝によれば当時の彼は生意気なうえにマイルス以上にジャンキーで、ラリったりスネたりで演奏に穴を開ける事など日常茶飯事という、どうしようもない若造だったらしい。やがて何とか若いうちに1人のプレイヤーとして独立、今度はドナルドバード、ポールチェンバース、アートテイラーら、同世代の実力ある仲間らとファンキーで勢いのある俗にいうハードバップを思う存分くり広げた、正に青春時代を経て、ジャズ自体がモードやフリーと多様化していく波に呑み込まれていく。そうなればアルバム毎に編成や自分自身の演奏スタイルまでも変化させていくという試行錯誤の時代に突入。やがてはオーネットコールマンと共演するまでに至るのである。しかもその後、ジャズそのものもロックなどにおされ風前の灯火と化していくのだけど、そうすると今度は若者にジャズを教える指導者として手腕を発揮していく。ジャズの人気も何とか復活、マクリーン自身も更にプレイヤーとして円熟を迎えると同時に、彼が育てた多くの実力ある若者が現在第一戦で活動している。
 ざっとマクリーンの経歴を書くとこんな感じなんだけど、考えたら若くにデビューしたせいかマクリーンほどジャズ、そして時代の荒波に翻弄されてきたプレイヤーも少ないのではないか?ジャッキーの一喜一憂の歴史が、ジャズの、特にモダンジャズのそれといっていいのではないか?だからマクリーンに関しては常人よりなみ外れた才能をもつジャズジャイアンツなんて言葉をあまり選びたくない。先にのべた様に身近な、ジャズファンの仲間的な親しみを感じるスターなのだ。
 そういえばマクリーンのトーンは一般のプレーヤーより少しズレてるというのは有名な話しである。おかげで一聴してすぐこの人だと解る。これは通常なら先生に注意されるべき演奏なのであろうが、モンクのピアノと一緒で、そんなのでも個性として通すと尊敬されるのである。改めて不思議な音楽である。そーいう私もサックスのトーンは常にズレズレ、いつも隣のカオリンに白い目で見られてます。私の場合下手な上に吹き方をを間違ってる以外の何ものでもないのですが、こんな私がそれでも諦めず(もちろん上手くなりたいという意欲は捨ててはいかんのだが)周りに迷惑かけながらも、続けてこれたのはマクリーンのおかげといってしまいましょう。ついでにマクリーンの誕生日は5月17日、私と同じなのだ。
 ジャッキー、あなたの残した素晴らしい(トーンのはずれた)演奏の多くは私達ジャズファンの中にしっかりと記憶しています。だから寂しくはありません。ありがとうジャッキーマック先生。
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